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富山警官殺害

富山市で交番の警察官が刺殺され、近くの小学校の警備員が射殺された事件で、逮捕された元自衛官、島津慧大容疑者が奥田交番で稲泉健一警部補を刺殺後、付近の住宅街を約20分間、歩き回っていたことが、明らかになった。 交番襲撃後は住宅街の路地や裏道、用水路沿いなどを進みながら、奥田小学校の正門前にたどりついたとみられている。同小では、緊迫した校内放送が流れ、教諭らが児童約400人を体育館に誘導、避難させた。校舎の出入り口では、教諭たちが刺股やほうきを手に警戒した。 事件場所は、小生が医師2年目に出張先に出ていた病院の官舎としてあてがわれていたアパートからほど近い。ベランダ越しに奥田小学校が垣間見えたと記憶している。事件当日の緊迫した様子を想像すると身の毛もよだつ。 最近は不可解な若者の事件が多すぎる。金沢でも市中にパトカーが多く見受けられる。これも警察による地域警戒の一環なのだろうか?本日は、当クリニックの休日当番日である。何事もないことを願いたいものだ.....。 EndFragment

日本の強さはポーランドより上??

今日も、サッカーネタで。試合前は日本がセネガルに対抗できるのか、懐疑的だった。セネガル選手は、アフリカ特有の野生動物のような鋭さを持っている。そんな彼らと互角の戦いをするのは、決して簡単なことではなかっただろう。 1点のビハインドから同点にすることは、ただ単にゴールすることより難しい。この2-2という結果は、最後まであきらめず、集中力を切らさない日本の、まさに面目躍如といったところだろう。いや、それどころか日本は勝つことさえできたかもしれない。柴崎のクロスに大迫の足が触れていれば、それも可能だったはずだ。「大迫半端」って感じ? 次のポーランド戦で、勝ち点1さえ挙げれば、日本は決勝トーナメントに進出することができる。しかし、頭のどこかで”引き分けでもいい”などと思ってしまうのは非常に危険だ。それでは前へは進めない。守るばかりでは後ろ向きの結果しか出ない。次の試合でもこれまで通り、何が何でも勝つというサムライスピリッツを見せてほしい。 今の日本とポーランドなら、強さは日本のほうが上のはずだ。頭を働かせて、正しいメンタリティをもって試合に臨めば、いい結果は出せる。サッカーの世界に絶対はありえないが、日本のベスト16入りを信じている。今回の侍ブルーのすばらしいサッカーは、我々日本人に活力を与えてくれる。明後日、もう一日寝不足になってみよう! EndFragment

「大迫半端ないって」

サッカーは面白く、そして怖い。率直に言って、期待薄だったワールドカップグループリーグ初戦で、日本はコロンビアを2-1で下した。4年前に1-4の完敗を喫した相手から、まさかの勝ち点3獲得である。 とはいえ、冷静に振り返れば、かなりの運が日本に味方してくれた試合でもあった。GKと1対1になるビッグチャンスで、これを大迫が決めていたら、日本は”1点を取るだけ”だった。 ところが、大迫のシュートがGK正面をついたことで、はね返ったボールを香川がシュートするに至り、結果的に相手のハンドを誘った。日本は香川がPKを決めて1点を取ったうえに、相手1人をレッドカードによる退場へと追い込んだのである。 「大迫半端ないって」。日本の初戦の地の一角に陣取った日本サポーターが、そう書かれた横断幕を掲げた。元になったのは、全国高校サッカー選手権準々決勝。大迫擁する鹿児島城西に敗れた滝川二の選手がロッカールームでチームメートを前に、声を裏返しながら叫んだ。「大迫半端ないって、あいつ半端ないって。後ろ向きのボールめっちゃトラップするもん。そんなのできひんやん普通」。 相手1人をレッドカードによる退場へと追い込んだ流れは、ある意味「大迫半端ないって、そんなのできひんやん普通」ということになるが、日本はコロンビア戦は「超ラッキー」と認め、本日のセネガル戦はミスを少なくして、本当の意味での「大迫半端ないって」を目指して欲しいものだ.....。EndFragment

父の日

先日の6月第3日曜日は、父の日でした。母の日よりは見劣りするが、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願してアメリカで始まったらしい。 前のブログでも書きました様に、当日は吟行会に出掛けておりましたが、帰宅後娘夫婦がプレゼントを持って、我が家にやってきました。箱を開けてみると、中身は素麺皿でした。父親の大好物が素麺だと知ってのことでしょう。 素麺を歳時記で調べてみると、素麺だけでは季語とはいえず、冷素麺ではじめて夏の季語になるようだ。そういう意味では、皿の真ん中に鎮座する北極熊が何とも、甲斐甲斐しい。 さっそく、水に氷を浮かせ、北極海よろしく素麺を入れてみた。冷やし素麺の喉越しがたまらない。夏はやっぱり素麺に限る!

夏季吟行会

本日は、石川県現代俳句協会の吟行でした。吟行とは本来、季語の現場に立つということです。あらかじめ用意した句を安全パイとして句帳に書いて行くこと、じつはこれが一番の弊害とされています。メンバーの個性を熟知している選者であれば、吟行句かそうでないかは直ぐに分かるそうです。この習慣から抜け出さない限り、吟行の楽しさや、ほんものの俳句の喜びは見いだせないとか? 本日の吟行場所は、銭屋五兵衛記念館です。五兵衛は両替商を営み、屋号を銭屋と称していました。17歳で家督を継いだ五兵衛は、50歳代後半からその後約20年間に江戸時代を代表する大海運業者となりました。加賀藩の金融経済の大切な仕事に尽くし、たびたび御用金の調達もいたしました。 本日の参加者は16名で1人5句投句し、昼食を挟み、1人7句選句することになります。全80句から7句を選句するのは至難の技です。半年前から本格的に俳句を始めた小生にとっては荷の思い作業です。しかも還暦近い小生が最も若輩とは驚きです。俳句の世界でも高齢化が進んでいる様です。 第一席は6点句であり、次点句が5点句で4句ありました。次点句の1句が表題の小生の句であります。プレパド風に言えば、”才能あり”でしょうか......?

米朝会談

昨日行われた世紀の米朝首脳会談だが、単なる政治ショーに思える。共同声明は肝心なところに重しも押さえもない。トランプは「過去の失敗を繰り返さない」と言ってきたが、同じ線路の上を走っているように見える。 非核化には実施の担保が全くない。拉致問題や人権問題も具体的なものが何もない。一方で北朝鮮は文書で体制保証を取り付け、義務を課せられないまま、米国からの軍事攻撃を相当な期間にわたり回避できることになった。何も失わないで時間稼ぎに成功した。 会談は全て北朝鮮ペースで進んでおり、査察なしの非核化はあり得ない。核実験場の廃棄も掘っ立て小屋をつぶしただけの子供だましだった。交渉上手と言われているトランプにしては、お粗末な会談と言わざるを得ない。 昨日行われた米朝会談が、落語家”米朝”の”怪談”噺にならないことを願いたいものだ.....。

バージンロード

「バージンロード」、実は海外では通じない和製英語らしい。英語では「wedding aisle(アイル)」とか「wedding road(ロード)」と云うそうな。「road(ロード)」という単語の意味はバージンロードにも含まれているので、大体想像がつくとしても、聞き慣れない「aisle(アイル)」ですが、『並びの間の通路』という意味です。なぜ、わざわざ日本では「バージンロード」なんて呼ぶのでしょうか? バージンロードと名付けたのは日本のブライダル業界。『花嫁は純粋無垢であるべき』という想いからつけられたらしい。「随分大胆な単語を選んだなあ…」と思うのですが、直訳の『結婚道』や『結婚通路』では単刀直入すぎて少し淡白な気もします。花嫁の人生が詰まったバージンロード。その意味を改めて考えながら歩いて貰う為に、わざと大胆な名前をつけたのかもしれません。日本人はロマンチックだなぁ、なんて嬉しくなるのですが、バージンロードは『花嫁の人生』そのものを意味していると言われています。  チャペルの扉が開くとそこに現れるのは花嫁と、花嫁の父。扉はまさに『誕生』を意味しています。父親と歩くその一歩…「一歩 = 一年」と考えて、一年一年を振り返りながら歩いていく。その両脇にはそれまでに出会った、たくさんのゲストが見守ってくれています。バージンロードの終点には大好きな(?)新郎。今までは父親と共に、新郎と出会う為の道を歩みました。そして新郎と出会い、父親から新郎へとバトンタッチ。その先の道は『未来』を表しているのです。 バージンロードには花嫁の人生が詰まっています。ひとつひとつに意味があることを思いなが

現代俳句協会

現代俳句協会は昭和22年9月に創立された全国的な俳句団体です。現在会員数は約6,200名、有季定型で作る人たちのほか、有季・無季を問わず定型で作る人、さらには口語書きや自由律で作る人まで、さまざまな俳句観の人たちが集まっています。全国には42の地区組織があり、会員の皆さんは、それぞれ在住地域の地区組織に属し、交流を深め、活動しています。 最近参加させて頂いている句会の方々のお誘いもあって、本日現代俳句協会の申し込み手続きを完了いたしました。その現代俳句協会の今月のコラム欄にこんな掲載がありました。 ”「谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな 金子兜太」 兜太自身色紙によく書く句。今日多くの人の眼に触れている。エネルギッシュな印象もあいまって、「性的なほのめかしも感じられる」との評も見受けられる。しかし、それは違う。この句は性歌なのである。1960年代の熱気が性の表現を越えて伝わってくるのである........。” 毎月第1週目の木曜日の晩には石川県の地区組織としての俳句の研修会が行われております。この春亡くなった兜太先生を偲び、その追悼句を投句される人も多い。一人3句投句が原則です。明日が6月の句会となりますが、一足早く小生の一句を披露させて頂きます。「金はゆる子兜むしのつの太し 村木ノブヒロ」。ちなみに小生の俳号は”村木ノブヒロ”であり、金子兜太のもじり句であります。 カレンダーが 6月に変わりました。6/1といえば、衣更えの日。制服のある仕事にお就きの方や学生などはこの日から夏服に替わるというところも多いはずです。そこで、兜太の性的なほのめかしが感じられる句、「谷に鯉もみ合う夜の歓喜

姨捨伝説

「おもかげや おばひとりなく つきのとも」、とある日本料理屋の掛け軸で見かけた俳句です。この芭蕉の句は「姨捨伝説」が主題で、それを叙情の世界に再構築したものといわれております。姨捨伝説は、若い息子が妻にそそのかされて老母を姨捨山に捨てたが、姨捨山に出る月の美しさに目が覚めて、母を連れ帰ったとするものです。 姥捨て山伝説にはこういうものあります。ある国の殿様が、年老いて働けなくなった者を不要として、山に遺棄するようにというお触れを出したことから始まります。しかしある家では、山に老親を遺棄することができず、密かに家の床下にかくまうことにしました。そしてしばらくの後、隣国からいくつかの難題が出され、それらの難題を老親の知恵によって見事に解き、隣国を退散。老人も知恵があり粗末にできぬことを知った殿様は、お触れを撤回し、老人を大切にするようになったという話です。 姥捨て山伝説の中に出てくる殿様は「老人を大切にしない、徹底したコスト管理による合理主義者」だったのです。長幼の序やそのほかの秩序を無視し、徹底した実力主義、合理主義で物事を判断しなければ生き残っていけなかった戦国時代での話でした。 今、国は「働き方改革」法案を可決しようとしています。日本は労働力の主力となる生産年齢人口(15~64歳)が想定以上のペースで減少しているわけです。労働力不足を解消し、一億総活躍社会を作るために働き手を増やす出生率の上昇、労働生産性の向上に取り組むというのが「働き方改革」の概要です。そして、生産年齢を引き上げ、その比率をも引き上げようとしております。「老人を大切にしない、徹底したコスト管理による合理主義

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